• 6月 25, 2026
  • 7月 6, 2026

行動経済学と構造構成主義から見る在宅医療

1. 行動経済学の視点:「人間の意思決定のクセ」から見る在宅療養

行動経済学と聞いて、「難しそう……」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

一言でいうと、行動経済学とは「人間は必ずしも合理的には動かず、特有の心のクセ(直感や感情)に従って行動する」ということを解き明かす学問です。
在宅療養の現場では、まさにこの「心のクセ」が強く影響しています。

•現在バイアス(将来の大きな利益より、目の前の小さな楽)

「塩分を控えた方が長生きできる」と頭では分かっていても、目の前にあるお漬物の誘惑に勝てない。そんな状態です。人間は遠い未来の健康よりも、「今、この瞬間の満足」をどうしても優先してしまう生き物なのです。

•現状維持バイアス(変えることへの抵抗感)

状態が悪化していて「そろそろ介護ベッドを入れた方が楽になる」「ヘルパーさんを増やした方がいい」と分かっていても、「今のままでいい」と拒否してしまう心理です。人間にとって、長年馴染んだ環境や習慣を変えることは、それ自体が強いストレス(心理的コスト)になります。

■ ナッジ(Nudge)の活用:優しく背中を押すアプローチ

ここで役立つのが、行動経済学の「ナッジ(=そっと後押しする)」という考え方です。 「減塩しなさい!」と正論で強制するのではなく、思わずそっちを選びたくなるような環境の工夫を凝らします。

例えば、食卓の醤油差しをスプレー式に変えて自然と使用量を減らしたり、薬を飲む動線上にカレンダーを配置したり。「本人が無理なく、自然に良い選択ができる環境」をデザインすることが、在宅療養における行動経済学的なアプローチです。

2. 構造構成主義の視点:「それぞれの関心相関性」から見る在宅療養

もう一つの視点が「構造構成主義」です。少し難しい言葉ですが、その根底には「すべての認識や価値は、その人の『関心』によって作られる(関心相関性)」という考え方があります。

在宅療養の現場が難しくなる最大の理由は、関わる人たちの「関心(目的や立場)」がズレているのに、お互いに「自分の正しさ」を押し通そうとしてしまうからです。

■ 「正しさ」は人の数だけある(信念対立)

•本人の関心:「最期まで自分の家で、好きなように、畳の上で過ごしたい(自由・尊厳)」

•家族の関心:「もし倒れて発見が遅れたらどうしよう。苦しむ姿は見たくない(安全・安心・義務感)」

•医療者の関心:「データや症状を安定させたい。急変のリスクを下げたい(医学的予後・リスク管理)」

これらはどれも「正しい」のです。しかし、それぞれの立場(関心)が違うため、同じ「在宅療養」を見ていても、見えている世界が全く異なります。

■ 「目的」に遡って融通する(目的相関性)

構造構成主義では、「誰が正しいか」を争うのをやめ、「そもそも、私たちは何のために集まっているのか?」という共通の目的に立ち返ることを重視します。

たとえば、「点滴をすべきか否か」という手段の議論で対立したとき、「本人が笑顔で最期まで過ごすため」という上位の目的に立ち返ってみます。すると、「点滴の回数を減らして、好きなものを一口食べる時間を増やそう」といった、お互いが妥協できる「一歩進んだ優しい選択(融通)」が見えてくるのです。

2つの視点を統合すると、現場で何ができるか?

この2つの視点を組み合わせると、在宅療養をよりスムーズに、そして温かく支えるヒントが見えてきます。

☆構造構成主義

捉え方:「関係性の交通整理」
ーまずお互いの『関心』を認め合い、共通の目的(本人の幸せなど)を設定する。

現場での具体的なアプローチ:
ー家族や医療者がそれぞれの本音を出し合い、「誰のための、何のためのケアか」を言語化して共有する(意思決定支援・ACP)。
ー主語の確認(主語は誰なのか?私or患者さん)。

☆行動経済学

捉え方:「具体的な環境のデザイン」
ー設定した目的に向かって、人間の心のクセを考慮しながら、無理のない仕組みを作る。

現場での具体的なアプローチ:
ー「頑張ってリハビリしましょう」と声をかけるのではなく、本人がつい歩きたくなるよう、お孫さんの写真を廊下に飾るなど環境を整える。

おわりに

病院は、それぞれのガイドラインに則っり専門性を生かした「正しい医療」を提供するところです。 一方で在宅医療は、関わる人たちの想いや歩んできた道を大切にしながら、日々の暮らしというグラデーションの中で、その時々の「ちょうどいい落としどころ」を共に見出していく医療だと考えています。

正論やデータだけでは割り切れないのが、人間であり、生活です。

当院の訪問診療では、うまく症状のコントロールをしながら、患者さまとご家族がこれからの日々に「生きる意味」を見出していけるよう、心に寄り添うサポートをいたします。いつでもお気軽にご相談ください。

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