• 9月 21, 2026
  • 9月 10, 2026

がんとともに歩む心のお守り:ACT(アクト)とマインドフルネスでつくる「心のしなやかさ」

 「検査の結果を聞くのが怖い……」

 「再発したらどうしようと、夜も眠れない」 

 「つらい治療に耐えているのに、気持ちまで落ち込んでしまってどうしようもない」

 がんの診断を受けたり、治療の経過をたどったりする中で、このような強い不安や恐れ、悲しみ、怒りといったモヤモヤした感情に襲われた経験はありませんか?

 私たちは、心の中にネガティブな感情が湧き上がると、つい「気持ちを強く持たなきゃ」「前向き(ポジティブ)に考え直そう」と必死に戦ってしまいがちです。しかし、実はその「心の中の戦い」こそが、かえって疲弊を深め、苦しみを長引かせている原因になっていることがあります。

 今回は、がん医療やサポーティブケアの現場でも注目されている心理療法「ACT(アクト:アクセプタンス&コミットメント・セラピー)」「マインドフルネス」について、患者さんやご家族の方に向けてわかりやすく解説します。

1. ACT(アクト)とは?——「心の波」から抜け出す心理学

 ACT(Acceptance & Commitment Therapy)は、心理学における「第三世代の認知行動療法」と呼ばれる心理療法の一つです。

 従来の心理療法では、「ネガティブな考えをポジティブに変える」ことが目指されるケースが多くありました。しかし、がんと向き合う中で生じる「死への恐怖」「再発への不安」「身体的なつらさ」は、人間としてごく自然で当然の反応です。それを無理に「前向きに捉え直そう」としても、現実とのギャップに苦しむことになりかねません。

そこで、ACTでは考え方を大きくシフトさせます。ACTの根本にあるのは、次のようなメッセージです。

「痛みは避けられないが、苦しみは自分次第(Pain is inevitable. Suffering is optional.)」

 がんという病に向き合う以上、身体的・精神的な「痛み(不安や悲しみ)」をゼロにすることはできません。それらの感情と無理に戦ったり、追い払おうとして打ち消そうとすると、かえって心はすり減ってしまいます。

 ACTでは、否定的な思考や感情を排除するのではなく、「それらを抱えたまま、自分にとって本当に大切な生き方(行動)を選択していく」ことを目指します。まさに、病気や不安という「思考の沼(マインド)」から抜け出し、 あなた自身の「大切な人生(ライフ)」へ踏み出すための実践的なアプローチなのです。

2. ACTを支える「6つのプロセス(心理的柔軟性)」

 ACTでは、心が環境や状態の変化にしなやかに対応できる状態を「心理的柔軟性」と呼びます。この柔軟性を高めるために、6つの要素(プロセス)を育んでいきます。

1.アクセプタンス(受容)

 不安や恐怖を排除しようとせず、「今、自分は怖いと感じているんだな」とありのまま受け入れる(許容する)態度です。

2.脱フュージョン(認知の分離)

 「もうダメだ」という思考言葉に振り回されている状態(フュージョン)から離れ、「自分は今、ダメだという思考を持っているな」と客観視し言葉と現実を切り離します。

3.「今、この瞬間」との接触

 まだ起きていない未来の不安や過去の後悔に囚われず、「今、目の前にある現実」や呼吸に意識を集中させます。

4.文脈としての自己(観察する自分)

 「がん患者である自分」「私はダメな人間だ」といった評価や概念に固定された自分(概念としての自己)ではなく、思考や感情が入れ替わる様子をただ静かに観察している「もう一人の自分」に気づくことです。

5.価値(バリュー)の明確化

 病気であっても「自分にとって本当に大切な生き方」「どんな自分でいたいか(家族と笑顔で過ごしたい、趣味を楽しみたい等)」という人生の指針を明確にします。

6.コミットされた行為(コミットメント)

 設定した「価値」に向かって、たとえ不安や怖さがあっても、具体的に今できる一歩を踏み出し行動を継続していくことです。

3. マインドフルネスがつくる「心と感情のあいだのスペース」

 最近よく耳にする「マインドフルネス」は、ACTにおいても非常に重要な土台となっています。

 マインドフルネスとは一言で言えば、「“今、この瞬間”の体験に、評価や判断を加えず、ただ意図的に意識を向けること」です。

 がん療養中は、「将来どうなってしまうんだろう」という未来への不安や、「あのときもっと早く病院に行っていれば」という過去への悔やみに心が乗っ取られがちです。

 ACTのプロセスのうち前半の4つ(アクセプタンス、脱フュージョン、今この瞬間との接触、文脈としての自己)は、まさにマインドフルネスの姿勢そのものです。思考の渦に飲み込まれそうなとき、ゆっくりと呼吸に意識を向けたり、自分の身体の感覚を観察したりすることで、感情と自分との間に心地よい「距離感(スペース)」を作ることができます。

4. 日常で試せる!心とのつきあい方(ACT3ステップ)

 日常で強い不安やモヤモヤした感情に襲われたときは、ACTの基本理念である「A・C・T」の3ステップを思い出してみてください。

「お天気」のたとえ

 ネガティブな感情は言わば「お天気」のようなものです。雨(不安)が降ってきたとき、空に向かって「なんで雨なんだ!」と怒っても雨は止みません。それよりも「今日は雨だな」と認めて、傘をさして行きたい場所(目標)へ歩き出す方が、心は静まり前へ進むことができます。

  • AAccept):受け入れる

 ネガティブな感情や「どうせ自分なんて」という思考が浮かんだとき、それを打ち消そうと戦うのをやめ、「あぁ、自分は今すごく不安を感じているんだな」「検査が怖くてたまらないんだな」「落ち込んでいるな」と、その感情を消そうとせず、そのまま認めてあげます。嫌悪感との綱引きの手をそっと放すイメージです。

 感情は言わば「お天気」のようなもの。雨が降ってきたとき、空に向かって怒っても雨は止みません。それよりも「今日は雨だな」と受け入れる方が、心は静まります。

  • CChoose):価値を選ぶ

 「この不安や恐れを抱えたままでも、今日自分はどんな行動を取りたいか?」「どんな姿勢で家族と接したいか?」と、自分の『価値』を確認します。

  • TTake action!):行動する

 不安が消えるのを待つのではなく、「温かいお茶を飲む」「5分だけ外の空気を吸う」「家族に感謝を伝える」など、小さな一歩を実際に踏み出します。

 「雨(不安)は降っているけれど、傘をさして行きたい場所(目標)へ歩き出す」 というスタンスです。

なぜ「感情をコントロールしない」のが効果的なのか?

 心理学には「思考抑制のパラドックス」という現象があります。

 例えば、「今から1分間、白いクマのことを絶対に考えないでください」と言われると、かえって頭の中が白クマのことでいっぱいになってしまいませんか?

 不安や恐怖も全く同じです。「不安になってはダメだ」「がんの恐怖を消さなきゃ」と抗うほど、脳はその感情を「重要かつ危険なもの」として認識し、より強く意識させてしまいます。

 ACTとマインドフルネスは、無理にネガティブを消そうとする無駄なエネルギー消耗を減らし、「あなたが本当に使いたい大切な場所(大切な人との時間や自分の好きなこと)」へエネルギーを注ぐための技術なのです。

今日からできる!日常でのプチ実践ワーク

 日常でストレスや不安を感じたときに使える、簡単なステップをご紹介します。

ステップ実践内容心のメカニズム
1. 気づく「あ、今自分は不安を感じているな」と心の中で呟く感情と自分を少し切り離す
2. 味わう深呼吸をし、体のどこが緊張しているか観察する「今ここ」に意識を戻す(マインドフルネス)
3. 選ぶ「この状況で、自分が大切にしたい姿勢は何か?」を問う自分の「価値」を再確認する
4. 動く5分だけ作業を進める、温かいお茶を飲むなど小さく行動する価値に向かってコミットする

まとめ:不安があっても、人生は前に進められる

 マインドフルネスで「今」の自分を客観的に見つめ、ACTの考え方を使って「嫌な感情や不安を抱えたまま、大切な方向へ歩き出す」。

 がんという病気と向き合う中で生じる不安や恐怖は、消し去るべき「敵」ではありません。心がブレない人とは、決して不安や悩みが全くない人ではなく、「モヤモヤや怖さがあっても、自分の行きたい方向を見失わない人」のことです。

 完璧にポジティブになる必要はありません。不安や恐れという重い荷物を「お気に入りのリュック」にそっと詰めて、あなたにとって大切な一歩を、今日から踏み出してみませんか?

【参考・引用文献】

  • ラス・ハリス(2015)『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない:マインドフルネスから生まれた心理療法ACT入門』筑摩書房
  • ラス・ハリス(2012)『ACTをシンプルに教える』星和書店
  • ジョン・カバットジン(2007)『マインドフルネスストレス低減法』朱鷺書房
  • Wegner, D. M., et al. (1987). Paradoxical effects of thought suppression. Journal of Personality and Social Psychology.
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