- 8月 31, 2026
- 9月 3, 2026
これからの時間をどう過ごす?ご家族と考える大切な医療とケアの「がんと人生会議(ACP)」
医師から病状の説明を受け、「残された時間(予後)」について言及されたとき、多くの患者さんやご家族は目の前が真っ暗になり、カレンダーを眺めながら「あとどれくらい残されているのだろう」とカウントダウンを始めてしまいます。
しかし、本当に大切なのは「あとどのくらい生きられるか」という数字にとらわれることではなく、「残された限られた時間の中で、いかに自分らしく、どのような生活を送るか」という具体的な設計です。
現実には、そこまで気持ちと頭を整理して生活の設計にたどり着ける方は決して多くありません。なぜなら、終末期における体の変化は、私たちが想像しているよりもずっと急激にやってくるからです。
今回は、後悔のない時間を過ごすために知っておきたい「身体の変化の現実」と、ご家族や医療チームと一緒に進める「人生の枠組みの整え方」について詳しくお伝えします。
1. なぜ「まだ大丈夫」なうちの準備が必要なのか?
「まだ自分の足で歩けるから」「家事もこなせているから大丈夫」と思っている段階で、将来の医療や過ごし方について話し合いを始めるのは、決して早すぎることはありません。
特にがんをはじめとする悪性疾患の場合、亡くなる1~2ヶ月ほど前までは、比較的元気に普段通りの日常を送れるケースも多く見られます。しかし、体内で維持されていた免疫と病気の活動性のバランスが一度崩れ始めると、体力を支えていたダムが決壊したかのように、まるで坂道を転がり落ちるようなスピードで体力が低下していきます。
具体的には、およそ1ヶ月という短い間に、以下のような一連の変化が怒涛のように押し寄せます。
【約1ヶ月の間に起こる急激な身体変化のステップ】
1. 食が細くなり、外出が難しくなる(少し動くだけで強い倦怠感を覚える)
2. 自宅で過ごせるが、寝ている時間が長くなる(離床時間が一気に減る)
3. お風呂には入れるが、一人で上がることができなくなる(跨ぐ動作や立ち上がりに介助が必要になる)
4. トイレまで歩くのが辛くなり、途中で膝折れして転倒してしまう(下肢筋力の急激な低下)
5. ベッド脇のポータブルトイレへの移乗動作すらできなくなる(自力での立ち上がりが困難に)
6. ベッドから起き上がれなくなる(寝たきりの状態へ)
最終的には、手元にある鉛筆を握って文字を書くことも難しくなり、声を出すことすらやっとの状態になってしまいます。


つまり、病勢が進行すると「亡くなる2週間ほど前には、本人の意思表示や手続き、体力を伴うやりたいことの多くができなくなる」という現実があります。だからこそ、「体力が残っているうち」「意識がはっきりしているうち」に動き出すことが何よりも重要なのです。
2. 自分らしさを明確にする「人生の枠組み」の整え方
体力が落ちきってしまう前に、限られた時間の中で「人生の枠組み」を明確にしておくことは、ご本人が最後まで自分らしく生き抜くために不可欠なプロセスです。
具体的には、大きく分けて「心と希望の整理」と「現実的な手続きの整理」という2つの軸で進めていきます。
① 心と希望の整理
• これまでの人生の振り返り(ライフレビュー): これまでどのような道を歩み、何を大切にしてきたか。自分にとっての「生きる目的・意味」や「幸福」を改めて紐解くことで、これからの選択の軸が見えてきます。また、「自分が存在し続ける意義」も見出しやすくなります。
• 生への執着と気持ちの整理: 病気に対する葛藤や恐れを受け止めながら、少しずつ心の折り合いをつけていきます。
•愛する人との思い出づくり: 大切な家族や友人とどのように同じ時間を共有し、穏やかな思い出を残していくかを考えます。また、小さなお子様がいる場合は、お別れの可能性も含めて病状をわかりやすく伝え、一緒に前を向いて進んでいくことも大切です。
• 今できる希望の実現: 「旅行に行く」「おいしいものを食べる」など、今の体調で実現可能な目標を設定し、ひとつずつ叶えていきます。この時に最も大切なことは、理想を目標にするのではなく、その時々の体調に応じた「必ず実現可能な目標設定」をすることです。
② 現実的な手続きの整理
• 仕事や事業の引き継ぎ: 働いている方や事業を営んでいる方の場合、業務の整理や後任への引き継ぎ、従業員の雇用や生活を守るための準備を整えます。
• 財産や身の回りの整理: 残されるご家族が後で困ったり揉めたりしないよう、資産や遺品、各種契約について方向性を決めておきます。場合によっては、ご本人のご意向に沿った葬儀の在り方について準備を進めていきます。
3. 家族と医療チームで取り組む「ACP(人生会議)」
このように、万が一のときや人生の最終段階に備えて、どのような医療やケアを受けたいか、どんな風に過ごしたいかを前もって考え、家族や医療チームと繰り返し話し合い、想いを共有するプロセスのことをACP(Advance Care Planning:アドバンス・ケア・プランニング)や人生会議と呼びます。
★ACPを実践するうえで、覚えておいていただきたい大切なポイントが3つあります。
ポイント1:一人で抱え込まず、みんなで共有する
ACPはご本人が一人で悩み、決断するものではありません。ご家族や大切な人、そして医師、看護師、ケアマネジャーなどの医療・介護チームと一緒に話し合い、想いを分かち合うことがスタートラインです。
ポイント2:途中で気持ちが変わっても全く問題ない
「一度決めたら撤回できないのではないか」と不安になる必要はありません。病状の変化やその時々の心境によって、考えが変わるのは極めて自然なことです。何度でも話し合いを重ね、その瞬間の「ベストな選択」を更新していけば良いのです。
ポイント3:くり返す話し合いが、家族の「後悔」を減らす
繰り返し話し合うプロセスを経ることで、ご本人はもちろん、ご家族も少しずつ未来に向けた覚悟や心の準備が整っていきます。また、ご家族が「本人の人となりや本当の希望」を深く理解しておくことは、万が一のあとに残されたご家族の「もっとこうしてあげればよかったのではないか」という強い後悔を大きく和らげることにつながります。

おわりに:あなたの「選択」を私たちが支えます
ACP(人生会議)は、決して単なる「命の終わりの選択」や「死の準備」ではありません。「最後の瞬間まで、自分らしくどのように生きるか」という前向きな人生設計そのものです。
「まだ動けるから大丈夫」と思える時期こそが、実はご自身の意志で未来を選び、大切な人と深く向き合うことができる最も貴重な時間です。ただ時間のカウントダウンに怯えて過ごすのではなく、「今できること」「残された時間でやっておきたいこと」に目を向け、少しずつ準備を整えていきましょう。
一人で抱え込む必要はありません。あなたがこれまで歩んできた人生のこと、これから叶えたい希望、そして胸の中にある不安や疑問。どんなことでも、まずは私たちやご家族にお聞かせください。諦めていることも、実現できるヒントがあるかもしれません。
あなたとご家族が、最後まで納得のいく穏やかな時間を過ごせるよう、私たちは全力で寄り添い、サポートいたします。
参考・引用文献
1. 厚生労働省:「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(平成30年3月改訂)
2. Lynn J, Adamson DM. Living Well at the End of Life: Adapting Health Care to Serious Chronic Illness in Old Age. RAND Corporation, 2003.
3. 林章敏, 池永昌之 編, 柏木哲夫, 今中孝信 監修:『死をみとる1週間』(総合診療ブックス), 医学書院, 2002. (死に直面したがん患者の症状出現頻度と活動性低下に関する知見)
4. Detering KM, et al. The impact of advance care planning on end of life care in elderly patients: randomised controlled trial. BMJ. 2010;340:c1345.
5. 日本緩和医療学会 編:専門家を目指す人のための緩和医療学(第2版), 南江堂.