- 10月 1, 2026
- 8月 31, 2026
がん患者さん・ご家族・サバイバーのための「壁」にぶち当たったときの情報整理と健全思考〜問題解決療法(PST-JC)で心のモヤモヤを整理し、現実的な一歩を踏み出す〜
がんの診断を受けたり、辛い治療を乗り越えたり、あるいは治療後の社会復帰や経過観察の時期を過ごす中で、「次に何をすればいいのか分からない」「不安や悩みが大きすぎて動けない」という「壁」にぶち当たることはありませんか?
医療技術の進歩に伴い、サバイバーシップ(がん経験者が自分らしく生きていくこと)への注目が高まっています。しかし実際の生活では、仕事や復職、家族関係、後遺症や副作用、将来への不安など、多層的な現実的問題が次々と押し寄せてきます。
「何から手を付けたらいいのか分からない」と混乱したとき、心のケアと現実的問題の解決を両立するアプローチとして有効なのが、認知行動療法の技法の一つである「問題解決療法(PST-JC)」です。この記事では、困難な状況を整理し、健全思考でひとつずつ乗り越えていくためのステップを解説します。
1. なぜ「問題解決療法」が役に立つのか?
がん治療やサバイバーシップの過程で遭遇する困難は、個人の心の持ちよう(ネガティブ思考)だけで引き起こされるものではありません。生活環境の変化、身体的制約、経済的影響など、「実際に存在する現実的な問題」が大きく関わっています。
問題解決療法(PST-JC: Problem-Solving Therapy for Japan Clinical settings)は、感情のモヤモヤに飲み込まれるのではなく、「自分と環境のあいだで起きている不一致(問題)」を整理し、一つひとつ解消していくための技術です。
健全思考(ポジティブ思考との違い)
無理に「明るく前向きになろう」とする必要はありません。健全思考とは、現実を客観的に捉え、「変えられること」と「変えられないこと」を区別し、変えられる部分にエネルギーを注ぐ考え方です。
- 変えられないこと: がんになった過去、他人の感情、病気そのもののリスクなど
- 変えられること: 今日の過ごし方、医師への相談準備、信頼できる情報の集め方、休息の取り方など
2. 壁を乗り越える「5つのステップ」
困難に突き当たったときは、思考を以下の5つのステップに分けて紙に書き出すことで、頭の中が驚くほどクリアになります。
Step 0 & 1:問題の明確化と定式化
不安の正体が曖昧なままだと、頭の中だけで悩み続けてしまいます。まずは問題を「具現化」しましょう。
【問題明確化のルール】
- ルール1: 「いつ・どこで・だれが・なにを」を具体的に書き出す(主観的な感情ではなく事実を書く)。
- ルール2: 「変えられないこと」ではなく「変えられる行動」にスポットを当てる。
例:「将来が不安でたまらない」ではなく、「来週の主治医の診察で、仕事復帰のタイミングや注意点についてどう相談していいか分からない」と具体化します。
Step 2:SMARTな目標設定
問題が明確になったら、小さな「目標」を設定します。目標は大きすぎると行動に移せません。以下のSMARTルールを参考に作成します。
- S(Specific): 具体的であるか?(例:主治医に復帰時期を尋ねる)
- M(Measurable): 計測・評価できるか?(例:質問を3つ紙に書いて持参する)
- A(Achievable): 現実的に達成可能か?(高望みしすぎない)
- R(Relevant): 自分にとって意味があるか?
- T(Time-bound): 期限が定まっているか?(例:次回の診察日までに)
Step 3:アイデア出し(ブレインストーミング)
目標を達成するための手段を出し合います。ここでは「効果的かどうか」を最初から判断せず、とにかく数を出すことがポイントです。
【ブレインストーミングの3ルール】
- 判断や批判を後回しにする(良し悪しをすぐ決めない)。
- 質より量を重視する(一見ばかばかしいと思える案も書き出す)。
- 突飛なアイデアや人の意見との組み合わせを歓迎する。
Step 4:解決策の選択(長所・短所分析)
リストアップしたアイデアの中から、現実的で効果が高いものを選びます。それぞれのアイデアの長所(Pros)と短所(Cons)を紙に書き出し、評価してみるのも有効です。「労力が少なくて、効果がそこそこ期待できるもの」から着手するのが成功のコツです。
Step 5:実行と結果の振り返り
実際に決めた行動を実行してみます。大切なのは「結果がうまくいったかどうか」だけで自分を評価しないことです。
行動を起こしたこと自体をまず褒めましょう。もし結果が思わしくなかった場合は、「今回のやり方は合わなかっただけ。別のアイデア(Step 3で出したもの)を試してみよう」と柔軟に切り替えます。
3. よくある「壁」と乗り越え方のヒント(Q&A)
Q1. 悩みや問題が多すぎて、何から手をつけていいか分かりません。
A. 一度にすべての問題を解決しようとする必要はありません。まずはノートに悩みをすべて書き出し(ブレインダンプ)、「今すぐ・自分で取り組めること」を1つだけ選んでみましょう。大きな問題は「小さなサイコロ状」に切り分けるのがポイントです。
Q2. 再発や今後の治療への不安で、頭がいっぱいになって動けません。
A. 不安は「危険に備えようとする心の正常な反応」です。無理に消そうとするのではなく、「今自分ができる備え(診察時のメモ作成、体調記録など)」に焦点を移しましょう。「変えられない未来」への心配を、「今日できる行動」へと置き換える練習が有効です。
Q3. 周囲や家族にうまく頼ることができず、自分一人で抱え込んでしまいます。
A. 「助けを求めること」も立派な問題解決のスキルです。「何を手伝ってほしいか」を具体化してみましょう(例:「今日のお夕飯の買い物をお願いしたい」「受診に同行してメモを取ってほしい」)。具体的に伝えることで、相手も動きやすくなります。
4. 事例でイメージする問題解決プロセス
【事例】60代・がんサバイバー Aさんの場合
- [お悩み] 治療終了後、体力が戻らず外出が怖くなり、家に引きこもりがちで気持ちが塞いでしまう。
- [問題明確化] 体力低下そのものではなく、「外出時に疲れて動けなくなったらどうしようという不安」が外出を妨げている。
- [SMART目標] 今週中に、近所の公園まで10分間の散歩をする。
- [アイデア出し] 途中で休めるベンチの場所を確認しておく/家族と一緒に歩く/疲れたらタクシーで帰る選択肢を持つ/好きな音楽を聴きながら歩く。
- [実行と評価] ベンチの位置を確認した上で10分散歩を実行できた。「少し疲れたけれど、準備していたから安心だった」と自信を回復。
5. おわりに:完璧を目指さず「山登りのルート」を増やす
がんとともに生きる道のりでは、予想もしなかった障害物や分かれ道に遭遇することが何度も訪れます。しかし、問題解決療法のスキルを身につけておくと、「目の前に大きな岩があっても、回り込むルートや乗り越える道具(アイデア)を考えることができる」という安心感が生まれます。
完璧な解決を目指す必要はありません。小さな「できた」を積み重ねながら、あなたらしいペースで歩んでいきましょう。

参考・引用文献
- Mynors-Wallis, L. (2005). Problem-Solving Treatment for Anxiety and Depression: A Practical Guide. Oxford University Press.(明智龍男, 平井啓, 本岡寛子 監訳 (2009). 『不安と抑うつに対する問題解決療法 実践ガイド』 金剛出版.)
- D’Zurilla, T. J., & Goldfried, M. R. (1971). Problem solving and behavior modification. Journal of Abnormal Psychology, 78(1), 107-126.
- Hirai, K., Motooka, H., Ito, N., et al. (2012). Problem-solving therapy for psychological distress in Japanese early-stage breast cancer patients. Japanese Journal of Clinical Oncology, 42(12), 1168-1174.
- 明智龍男, 籾野香苗, 香月富士日, 山下ひろみ, 杉浦寛奈 他 (2014). がん患者に対する問題解決療法アプローチの適用. 行動医学研究, 20(1), 7-11.
- 藤澤大介 (2011). がん患者に対する認知行動療法. 総合病院精神医学, 23(4), 370-377.
- 厚生労働科学研究費補助金(がん臨床研究事業)「がん患者の心理的苦痛軽減のための適応的介入プログラム(PST-JC)の開発と有用性の検証」研究班作成マニュアル・ウェブサイト(がん患者のための問題解決療法 PST-JC)