- 6月 3, 2026
「緩和ケア」ってなあに?~緩和ケアとケアの本質について~
こんにちは。 皆さんは「緩和ケア」と聞くと、どのようなものを思い浮かべるでしょうか?
• 「がんの終末期に受けるもの」
• 「治療の終わり」
• 「医療用麻薬を使う、少し怖い場所」
きっと、このような少し暗いイメージを持つ方がまだ多いかもしれません。
しかし最近では、「がん」だけではなく「心不全」「呼吸不全」「腎不全」「認知症」といった様々な病気に対しても、緩和ケアという言葉が少しずつ使われるようになってきました。
私は、緩和ケアとは「今(目の前で)困っていることに真っ直ぐ向き合うこと」だと考えています。がんに限らず、どんな病気であっても、つらさがあればすべてが緩和ケアの対象になります。
■まず、そのつらさを取る。それがすべてのスタートライン
では、具体的に私たちは何をするのでしょうか? そのヒントとなる、私が今も臨床の現場で深く肝に銘じている言葉があります。
かつて私が緩和ケア病棟で研修を受けた際、一番初めに教わったのが、
「苦痛症状を取って、初めて緩和ケアが始まる」
という言葉でした。
体の痛みや息苦しさ、耐えがたいだるさ……。そうした激しい苦痛を抱えたままでは、今後の生活のことや、ご自身の人生について穏やかに考えることはできません。
苦痛には必ず原因があります。原因が分かればその治療を行い、解決が難しい場合は症状そのものを和らげる「対症療法」を行います。まずは何よりも先に、心身の激しいつらさを取り除くこと。一息つける状態を作って初めて、その先の対話やケアが始まります。
■なぜ「病気以外のこと」にも目を向けるのか
緩和ケアでは、体の痛みだけでなく、不安や孤独、仕事や家族の悩みなど、あらゆる側面から患者さんをサポートします。これを私たちは「トータルペイン(全人的苦痛)」と呼んでいます。
なぜ、医療者がそこまで「病気以外の部分」に踏み込むのか。それには大切な理由があります。
人は、難しい問題を抱えてストレスが大きくなればなるほど、実は痛みに敏感になり(痛みの閾値が下がり)、心身の苦痛をより強く感じやすくなってしまうのです。
本当の意味で症状をコントロールするためには、病気という「現象」だけを見るのではなく、その方の背景にある生活や心、つまり「その人の人生そのもの」に目を向けることが不可欠になります。そのため、いくら薬を使っても、その背景にある不安や生活の悩みが解決しなければ、症状がうまく治まらないことがあります。だからこそ、医療者は病気という現象だけを見るのではなく、「病気以外の部分(生活や人生)」にも目を向ける必要があります。
■メイヤロフの言葉に学ぶ「ケアの本質」
病気以外の部分で、私たち医療者やケアを担う者に何ができるのでしょうか。 この問いに向き合うとき、私はミルトン・メイヤロフの『ケアの本質』という本を思い返します。
人が抱える苦痛の本当のつらさは、本人にしかわかりません。私たち第三者は、そのほんの一部を想像することしかできないのが現実です。
その限界の中で、私たちはケアを通じて、つい患者さんからの感謝の言葉や笑顔という「恩恵」を求めてしまうことがあります。「ありがとう」と言われることで、自分自身の存在意義を満たそうとしてしまうのです。
しかし、メイヤロフが説くケアの本質は、もっと深いところにあり、ケアとは一方的な施しではなく「双方向のプロセス」であると説きます。
ケア・ギバーや医療者が寄り添うことで、患者さんは病の中でも自らの内なる力に気づいていく(エンパワーメント)。そして、その生の葛藤を間近で見守る医療者自身もまた、傲慢さを排し、人間として深く成長していく。
この、命と命が双方向に響き合い、お互いが育まれていくプロセスの中にこそ、ケアの本当の価値があるのだと私は信じています。
患者さんとご家族が、住み慣れた地域や我が家でより良い選択をし、その人らしく穏やかな時間を過ごしていただけるよう、私たちはこれからも誠心誠意、日々の症状緩和とケアに努めてまいります。
• 「がんの終末期に受けるもの」
• 「治療の終わり」
• 「医療用麻薬を使う、少し怖い場所」
きっと、このような少し暗いイメージを持つ方がまだ多いかもしれません。
しかし最近では、「がん」だけではなく「心不全」「呼吸不全」「腎不全」「認知症」といった様々な病気に対しても、緩和ケアという言葉が少しずつ使われるようになってきました。
私は、緩和ケアとは「今(目の前で)困っていることに真っ直ぐ向き合うこと」だと考えています。がんに限らず、どんな病気であっても、つらさがあればすべてが緩和ケアの対象になります。
■まず、そのつらさを取る。それがすべてのスタートライン
では、具体的に私たちは何をするのでしょうか? そのヒントとなる、私が今も臨床の現場で深く肝に銘じている言葉があります。
かつて私が緩和ケア病棟で研修を受けた際、一番初めに教わったのが、
「苦痛症状を取って、初めて緩和ケアが始まる」
という言葉でした。
体の痛みや息苦しさ、耐えがたいだるさ……。そうした激しい苦痛を抱えたままでは、今後の生活のことや、ご自身の人生について穏やかに考えることはできません。
苦痛には必ず原因があります。原因が分かればその治療を行い、解決が難しい場合は症状そのものを和らげる「対症療法」を行います。まずは何よりも先に、心身の激しいつらさを取り除くこと。一息つける状態を作って初めて、その先の対話やケアが始まります。
■なぜ「病気以外のこと」にも目を向けるのか
緩和ケアでは、体の痛みだけでなく、不安や孤独、仕事や家族の悩みなど、あらゆる側面から患者さんをサポートします。これを私たちは「トータルペイン(全人的苦痛)」と呼んでいます。
なぜ、医療者がそこまで「病気以外の部分」に踏み込むのか。それには大切な理由があります。
人は、難しい問題を抱えてストレスが大きくなればなるほど、実は痛みに敏感になり(痛みの閾値が下がり)、心身の苦痛をより強く感じやすくなってしまうのです。
本当の意味で症状をコントロールするためには、病気という「現象」だけを見るのではなく、その方の背景にある生活や心、つまり「その人の人生そのもの」に目を向けることが不可欠になります。そのため、いくら薬を使っても、その背景にある不安や生活の悩みが解決しなければ、症状がうまく治まらないことがあります。だからこそ、医療者は病気という現象だけを見るのではなく、「病気以外の部分(生活や人生)」にも目を向ける必要があります。
■メイヤロフの言葉に学ぶ「ケアの本質」
病気以外の部分で、私たち医療者やケアを担う者に何ができるのでしょうか。 この問いに向き合うとき、私はミルトン・メイヤロフの『ケアの本質』という本を思い返します。
人が抱える苦痛の本当のつらさは、本人にしかわかりません。私たち第三者は、そのほんの一部を想像することしかできないのが現実です。
その限界の中で、私たちはケアを通じて、つい患者さんからの感謝の言葉や笑顔という「恩恵」を求めてしまうことがあります。「ありがとう」と言われることで、自分自身の存在意義を満たそうとしてしまうのです。
しかし、メイヤロフが説くケアの本質は、もっと深いところにあり、ケアとは一方的な施しではなく「双方向のプロセス」であると説きます。
ケア・ギバーや医療者が寄り添うことで、患者さんは病の中でも自らの内なる力に気づいていく(エンパワーメント)。そして、その生の葛藤を間近で見守る医療者自身もまた、傲慢さを排し、人間として深く成長していく。
この、命と命が双方向に響き合い、お互いが育まれていくプロセスの中にこそ、ケアの本当の価値があるのだと私は信じています。
患者さんとご家族が、住み慣れた地域や我が家でより良い選択をし、その人らしく穏やかな時間を過ごしていただけるよう、私たちはこれからも誠心誠意、日々の症状緩和とケアに努めてまいります。